サボってごめん

 ここ暫く土日のスケジュールが死んでたので、先々週サボった分を先週も書けず終いでしたごめんちゃい。さておき今月もやっていくぜい。めちゃくちゃ面白い本を見つけましたよ。

余命3000文字 村崎羯諦

 文字数ネタ系の小説は過去の記事でも“100文字SF”について扱いましたね。今回は短編集で、文字数ネタは表題作だけですが。やばいものが詰まった本です。文学の新たな可能性が開かれた感じ。恐らくうちのFFに多い文字書き文字読みの皆さんなら必ず気にいると思う。今まで見たことのない文章表現が使われるし、しかも一つ一つの作品にそれぞれ違う技法が詰め込まれている。
 例えば表題作の“余命3000文字”では、3000文字というメタ的な余命を宣告された青年が主人公になるのだが、各ページの左下に残りの文字数がカウントされる。そしてそれがゼロになったページで物語が終わる。青年はなるべく複雑な思考をしないで生きるようになる。思考は文字数を消費するからだ。そうやって割と長い間、数年単位で生きることになる。しかしその人生を読者の視点で見ると(そもそも文字数の概念がメタ視点のものだが)、スッカスカだ。『一年が経ち、二年が経ち、五年が経った。』じゃねえんだよ。なんで5年でそれだけしか使わねえんだよ。ここまで900文字、しかもその半分以上は医者との余命宣告のやりとりで消費って、どういうことだよ。特筆するほどでもなくても楽しいことはあるなどというが、その楽しいイベントも思考を最小限にしてたら味わいきれないんじゃないか。このペースでいけば3000文字使い切る前に寿命に到達するのでは?って、あまりにも空っぽすぎる。その上で、『あなたの人生は何文字くらいですか?』で締めてくるの、怖いよ。本文の構成を見る感じだと、あんまりイベントがない日は纏めて数日で片付けられてしまうそうなので、下手したら自分の人生が3000文字埋まる気がしない。
 他の作品にも面白い設定や多彩な技法が取り入れられており、本当に全部同じ人が書いたのか疑わしくなる。合作って言われてもノータイムで信じられる。
 技法に関しては言葉で表現するのが難しいが、例えば“食べログ1.8のラーメン屋”では台本のような書き方になっていて小説というよりドラマを見ているときのような感覚になる。
 世界観設定について、割と現実的なものとファンタジックなものが混在していて、特に非現実の方が多いのだが、そちらの描き方が素晴らしい。『心を取り出して石鹸で洗う』とか、『肉体を脱ぎ捨てて骨だけになる』とか、『人間の金持ちを捕獲してペットのように飼う』とか、こういうおかしなことがさも当たり前であるようになんの説明もなくなされるのにそういう世界観なんだと即座に理解できる説得力が強いし、そもそもの発想もレベルが高すぎる。
 個人的に特に好きなのは“パンクシュタット・スウィートオリオン・ハニーハニー”。某鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼みたいなタイトルをしている本作。これに関してはもう、どう表現することもできないのだ。人が名前ではなく番号で呼ばれていたり、若い番号の人が死んだら番号が一つ繰り上がったり、東西南北のブロックに分かれた就寝用プライベートスペースだったり、なんとなく『そういう世界観』なのはわかるが、しかしそれでは説明のつかないカオスがいっぱいなのだ。作中のエリア放送の文章を引用しますね。
“朝の日差しが看板にぶつかれば、上下左右で電磁スペクトルが分割されます。天気は午後からセンセーショナルな舞台演劇に興奮するでしょう。南エリア第二ブロックでは食べられる定規に注目してください。それでは皆さんご一緒に。おめでとうございます!”
なんもわからん。翻訳ソフトの不正確な翻訳でもこうはならんやろって感じの文面。でも、各キャラの台詞回しや地の文はなんとなく海外小説みを感じる。で、こんな感じの狂った文章が作中何度も登場する。先述のやつなんてまだ『天気は〜でしょう』って現実に存在する構文が使われているだけまだマシな方で、残りのやつは乱数で作ったん?ってぐらい脈絡がなさすぎる。最後のおめでとうございます!って何???って感じだが、どうやら作中のみんなにとっては常識のようで、あちこち歩き回りながらエリア放送をしている放送担当者にエンカウントした時には担当者がマイクに向けていうのと同時に、声を揃えて元気よく何かを祝っている。まるで読者の方が世界の常識から弾き出された非常識なのではないかと疑いたくなるほど、一切の説明がなく意味不明な掛け合いが繰り広げられる。パラレルワールドの小説を読んでいる感覚と言ってしまってもいいかもしれない。そんな作品だ。
 こんな感じの不可思議なお話が多いが、それ故にその中に時々紛れている現実的な作品たちが映えている。“不倫と花火”は、女子高生が父親の不倫相手と花火片手に語らう様子の物語なのだが、情景も心情も、あらゆる表現のディティールが丁寧に繊細に描かれている。“パンクシュタット〜”との温度差で風邪をひきそうだ。
 リアル調の作品は他にもあるが、総じて美しい物語になっている。もっと雑な括り方をするなら、エモいお話だ。特に、かつて自殺した親友が夢に出てきて励まされる“おはよう、ジョン・レノン”と、亡くなった難聴の弟に捧げるため真冬に向日葵の歌を爪弾く“向日葵が聴こえる”は、命を落とすという要素があるためか特に強い印象が残る。『舞台設定』において読者の度肝を抜き、その上で面白いオチを提示してくるフィクションが同じ本に収録されているのに、設定は普通なのに『ストーリー』全振りでここまで印象的なエピソードになっているリアル調の作品たちの、文章としての強さが感じられる。
 勿論ファンタジーの方も印象的で、こちらは皮肉や風刺のスパイスが効いている。これに関してはオチが秀悦なのであらすじはここには書けないのだが、クスッと笑える、けれども胸に深く刺さるエピソード揃いだ。先ほどは散々わけわからんなどと評した“パンクシュタット〜”だが、これにしたってきちんと胸にくるものはある。番号で管理されていて死んだら番号が繰り上がる、というのは誰かが死んでも世界はなんとかなるということで、そこに一抹の寂しさを覚えたり、人はいつ死ぬかわからないというメメント・モリ的なことを感じさせられたり。また、それこそ最初に触れた表題作“余命3000文字”では、自分の人生の文字数を意識するようになる。文字数というのはあくまで比喩的なものだが、要するに人生の充足度だと思う。省エネ主義を心情にする某氏にしたって小説数冊分の青春があるのに、どれほど人生を捨てれば余命よりも先に天寿を全うできるのだろう。……なんていうのは常にイベントを探していて非日常に飢えている俺だから抱く感想であって、省エネ主義の彼のような人であれば3000文字に収めようと思えるのだろうか。と、色々と思うところがある。いったいどれほどの人が自分の人生を3000文字で終わらせたくないと思うのか。逆に、3000文字で終えたいと思うのか。この本の作者ではないが、改めて問いたい。あなたの人生は、何文字か。3000文字というのは本当に少ないもので、何を隠そうこのブログが3000文字ジャストなのだ。