2週延期した感想文

読書感想文です。

ハルチカシリーズ 初野晴

 シリーズ通しての感想・紹介というのは初ですね。

 「退出ゲーム」「初恋ソムリエ」「空想オルガン」「千年ジュリエット」「惑星カロン」の本編5作と「ひとり吹奏楽部」の番外編からなる短編ミステリー小説です。1冊に4作の短編と、3巻となる「空想〜」以降はイントロダクションが収録されます。ミステリーとしてのレベルも高いのですが、今回はストーリーについて多く語ろうと思います。

 清水南高校吹奏楽部。穂村千夏は中学時代の苛烈なバレーボール部から心機一転、フルート片手に吹部の門を叩いた。しかしそこには僅かな部員が居るのみ。3年生がごっそり抜け、おまけに顧問も転任で、廃部の危機に立たされていたのだ。同じく吹部に来て唖然とするチカの幼馴染、上条春太とともに、部員集めに奔走する。ハルタはとんでもない秘密を抱えていた──。このシリーズは、主にハルタが探偵役となって学校で起こる事件を解決する学園モノのミステリーだ。故に人が死んだりして警察沙汰になるようなタイプの事件ではなく、日常の中で起こる緩い事件を扱うことが多い。そして、部員集めも謎解きだ。吹奏楽を辞めてしまった超上手い同級生を「弟が遺した謎を解く」「演劇部とのエチュード対決を制す」ことで立ち直らせて入部してもらい、それを足掛かりに入部者を募る。元々は部の存続の危機とも言われた部員数は、いつしか(ギリギリ)大編成の部門にもエントリー出来るまでになる。その立役者は勿論ハルタとチカ。そして、吹奏楽部の顧問を快く引き受けた草壁信二郎先生。彼は東京国際音楽コンクール指揮部門2位という輝かしい経歴を捨て数年失踪。そして何故か清水南高校の教職に就いた。彼の過去は、シリーズ全体を通しての謎となる。ハルタとチカの夢は、草壁先生に再び表舞台に立ってもらうこと。その為に、吹奏楽の甲子園こと普門館を目指す。ミステリーでありながら青春的な要素も織り込まれている。

 この作品を紹介するにあたって特筆したいのは3巻以降の話。ここから話の作り方が大きく変わる。

 1,2巻は学校内での話が殆どで、学校外の話でも人間関係も余り大きくは広がらない。精々が生徒の保護者レベル。そして話の重さも基本的に軽め。

 しかし3巻以降はかなり違う。まずは先述のイントロダクションの存在。これは、大人になったチカが自分の過去、高校時代を振り返る体で書かれている。そして、4つのエピソードの繋がりが強くなる。また、チカ以外の人物が語り部となるエピソードもある。基本的にチカと別の誰かの視点を行き来する感じだが、時にはチカ視点が一切無い物も。そして何より最も特徴的なのが、ここから世界が外に向けて広がること。学外で起こる事件(それもかなり重めなやつ)を解決したり、清水南の文化祭に外からのお客さんが来たり。中には、ハルタとチカに対して「これから話す真相は高校生には難しい話だから理解しなくていい」とまで言うキャラが出てくる程に難しい話題を取り扱ったり。

 転換の始まり、「空想〜」の場合、最後のエピソードでチカではない語り部が登場する。その正体がわかった時には言葉を失う筈。ただ、この段階ではまだ前2作に近い感じ。本番はこれから。

 全編通して文化祭という休息の時間を描いた「千年〜」では、最後のエピソード、表題作が上手すぎる。ここではチカが一切語り部にならず、終始とある1人の人物の視点で描かれるが、そのとある人物というのが「千年〜」収録の他のエピソードで軽く触れられる。本当に軽〜〜くなので読み返した時に初めて気付く感じ。思わず「上手え〜〜」って言っちゃうぐらい上手い。

 そして大本命の「〜カロン」。それまでと比べて遥かに繋がりが強い。ひとつのエピソードの伏線や真相が他のエピソードの伏線になる。チカがフルートの買い替えを悩む話、音楽暗号の話、シュールストレミングの話、そしてデジタルツインズ(電脳世界に自分の人格をコピーすること。作中ではデジタルツインという表記だった)の話。一見何の関係も無いようだが、実は滅茶苦茶密接に繋がっているのだ。例えばシュールストレミングの話では、携帯電話の予測変換機能が伏線になった(開幕でチカがヒントとして提示していたのでネタバレには当たらないと判断して明かします)。そしてデジタルツインズの話、表題作でも予測変換に関する謎が出てくる。

 作風の転換は同時にキャラクター達の転換を意味する。3巻からチカが過去を振り返る形になったこと、外の世界を意識するようになったことは、チカが大人になったことを意味する。もっと言えば、いつかは高校を卒業して外の世界に飛び出していくことを示唆している。「惑星カロン」では、清水南高校に入学して吹部に行く予定だという中学3年の女の子が登場する。彼女に相対したチカの心には、次世代への引き継ぎ、つまりもしチカ達の代で普門館が叶わなくても夢を引き継いでくれる後輩が居るということを意識させた。その前にも、3年生の部長が自分の代では普門館(正確にはその予選)に出れないと知った時の悔しさを目の当たりにしている。「千年〜」「〜カロン」では、それぞれ4作品に共通するテーマとして「継承」「終わりと始まり」を掲げている。過去を振り返ること、未来への繋がり、そして今を全力で突っ走る。それがハルチカシリーズだ。

 「初恋〜」収録の大矢博子さんの解説に次のような記述がある。「ハルタの知性。チカが持つ他者への想像力。これほど強さと優しさを備えたコンビは、ちょっといない。」この発想の元は、「男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」というコピーだ。今より遥かに性差や思想の押しつけに対して緩かった時代の言葉なのでキツイ言い方になっているが、俺流に意訳しつつマイルドに換言するとこうだ。曰く、「強さと優しさを兼ね備えているのが望ましい」「しかし相反する2つの特性を併せ持つことは難しい」「強い1人と優しい1人の2人組がベスト」である。態々「強く優しくあれ」というコピーが出来るぐらいだ。1人で両方を持つことは不可能に近いだろう。ならば半分こすればいい。それ故の2人組という考えだ。そして、強さとは。優しさとは何だ。それは知性と想像力だと大矢さんの解説にある。その考えに激しく同意する。そして、チカが優しさ、ハルタが強さを持つハルチカというペアが最高だということも。余談だが、思えば名作と呼ばれる作品には強いキャラと優しいキャラのペアが多いように思う。仮面ライダーWの翔太郎とフィリップとか、鋼の錬金術師エドとアルとか。

 番外編も忘れてはいけない。各キャラの背景がよく分かる。特に表題作がエモい。この作品も繋がり重視で、表題作のキーパーソンである望月さんの正体に察しがついた時には「うわあああ」ってなること請け合い。

 長くなりましたがこれにて感想文(というか最早布教文)を終わります。コミカライズと、それを元にしたアニメもあるのでそちらから入っても構いません。是非ともハルチカ沼へおいでませ。